2014年

1月

02日

大地といのちの祈り

南会津の後は南相馬へ。

福島第一原発から約17km地点にある南相馬市小高区の同慶寺を訪れました。

ご住職の田中徳雲さんが笑顔で出迎えて下さいました。

デニスさんは昨年も訪れており、一年ぶりの再会となりました。

集まった方たちと共に「大地といのちの祈り」が行われました。

田中徳雲さんご家族は現在、福島県いわき市で避難生活をされています。

震災後、子どもたちを守りたいという思いで着の身着のまま避難した後、福井県で約2年間を過ごされました。その時から徳雲さんは同慶寺に通い続け、地域の心の拠り所であるお寺を維持してこられました。

 

同慶寺のある小高区は20km圏内にあり、住めない地域となっていますが、すぐ隣の区からは20km圏外となり、多くの方が生活されています。

 

留まる選択をした人も、避難することを決めた人も、散々悩んだ末に導き出した答えだから、お互いのことを尊重し合い、応援し合えれば良いと思います。そう話される徳雲さん自身も、家族で一緒に生活すること、南相馬に自分の役目があることなど、様々なことを考えた末に出した選択だったと言います。

 

許可を得て、いわきから国道6号線で南相馬に通われています。被曝を減らすために「ないよりはマシ」と鉛のシートをかけながら。右手遠方に福島第一原発が見える距離を走る時、手元のガイガーカウンターは約25(マイクロシーベルト/時)を指しました。命を削ってでも守りたいものがあるのだと感じました。

 

徳雲さんの背中から、多くの大切なことを学ばせて頂きました。

対立や批判ではなく、融合や柔和を求めること。

困難な状況でも希望を持ち、祈り行動すること。

自分自身の生き方から平和をつくっていくこと。

僕自身もこうありたいなと心から思いました。

 

震災瓦礫を利用した「緑の防潮堤・鎮魂の森」も案内して下さいましたいのちを守る森の防潮堤)。小さな木々たちが風に吹かれながらもしっかりと大地に根付いているように見えました。七世代先のことを考えた選択をすること、自然を支配するのではなく、自然の一員として生きていけるかが問われているのだと思います。

  

デニスさんは言います。「大地はお母さんで、天はお父さん。そして、四足で生きているものたち、羽を持つものたち、草花や木々たちは親戚です。」

自分につながる全てのものに敬意を払うネイティブの心を思い起こしたい。いのちの環に還れるように。

 

最後に徳雲さんの祈りの言葉を心に刻みたいと思います。

 

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ここに、大地といのちの祈り2013を開催するにあたり、慎んで申し上げます。

思い起こせば二〇一一年三月十一日から、私たちのふるさとでの生活はすっかり変わってしまいました。

大地が揺れ、割け、海が溢れて大津波が沢山の人々を襲い、更に原発事故。

大量の放射能が漏れ出し、死の灰と呼ばれるものが、この大地に降りました。

人々は恐れ、逃げだし、それ以降は、隣人が何処に避難したのかも分からない状態。

なんとか身を寄せ合い、生きていますが、三月十一日以前の暮らしが戻ることはないでしょう。

 

しかし、にもかかわらず、私たちはここで生きています。

いつ帰れるか分からない家を掃除しながら…。

また以前のように、家族がみんなで一緒に暮らせる日々を夢見て。

地域の伝統や文化、つながりを途絶えさせないように必死で。

先祖から授かった田畑、今はもう食べ物を作ることが出来なくなってしまったけれど、それでも荒らさないように悩みながら。

 

どうか忘れないでください。

ここにも人が生きていることを。

家族がバラバラになって生活することの悲しさを…。

一緒に生活していたおじいちゃん、おばあちゃんと、今は一緒に住むことが出来なくなってしまった子供たちの悲しみを…。おじいちゃん、おばあちゃんの悲しみを…。

「ふるさとに帰ります」とたった一言残して、自らの命を絶ったおじいさんの悲しみを…。

たくさんの親愛なる人たちを、一瞬でのみ込んでしまう程の大津波を生み出す、大自然の力を。

木々や草花、逃げることもできず、放射能まみれでも、花を咲かせ、実を結び、命を繋いでいる植物たちのことを。

人が避難した後、残され、寂しさの中、飢え、渇き、死んでいったペットや家畜の悲しさを。

みんな、みんな、ごめんなさい。 赦してください。

 

深いふかい悲しみの底から聞こえてくるいのちの声に耳を澄ましたとき、聞こえてきたのは「生きる」ということでした。 どうか共に感じてください。

人間はどこに向かおうとしているのか、一緒に考えましょう。

母なる大地とすべてのいのちに対して出来ることを考えましょう。

母なる大地と海、父なる空に対して、私たちがしてしまったことを大反省しながら。

そして私は、与えられたこの命を、いきいきと輝かせたい。すべての命が、いきいきと生きていける大地に再生させたい。私が生きている間には放射能はなくならないかもしれないけれど、子供たちの負担が少しでも減るように、できることはなんでもやりたい。

私がここにいることで、安心してくれる地域の方がいるのなら、寄り添って生きていきたい。

そのために、この命、大切に、大切に、つかわせていただきたいと思っています。

愛する家族と両親、たくさんのご先祖様たち、私を支えてくださっているたくさんの仲間、御同朋、すべての生きものたちのために。いきいきと輝いて生きていきたい。

 

          平成二十五年十一月二十四日 海月徳雲 啓白

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祝島と福島と海に生きる人たちを追ったドキュメンタリー「祝福(いのり)の海」

 

 

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