2010年

8月

22日

『海』は「人」の「母」なる「水」

「ざあ、ざあ、ざあ…」「ミーン、ミンミン…」
波とセミがコラボして夏の音が響くようになった。梅雨も明け、快晴が続くここ田ノ浦。

目の前に広がる海には何種類もの透き通るような青がグラデーションになっている。
その間に友人がいる。海の上を大の字になって気持ちよさそうに浮かんでいる。

「人間」って、天と地の「間」にいるヒトっていう意味じゃないですかね?
「王」っていう字は、上の線が天、下の線が地、真ん中の線が人を表していて、それらをつなぐヒトっていう意味らしいですよ。

と語っていた彼は今、海の青とそれより濃い青の「間」にいる。
彼の目にも青い空、そして天を舞うミサゴの姿が映っているだろう。

「人間」という字にそういう意味があるのか定かではないが、「人間」という字ができるよりももっと前、縄文人も同じような景色を見ていたのだろう(縄文遺跡が見つかっているのだ)。
何千年と時を越えて想いを馳せる。僕のご先祖様が「ウー(美しい)」と言う姿が浮かんだ。

しかし、僕の子供の時代には、もしかしたらこの景色はないかもしれない。
この海を埋め立てて、原子力発電所を2基建てる計画があるからだ。

でもこれがまだ、できるかどうか分からない。

海のグラデーションのその先(約4㎞)に「祝島」という島が見える。
(なんともめでたい名前だが、形もめでたくハート型である)
約500人の島民の約9割がこの計画に反対していて、10億円を超える補償金を受け取らず、28年間闘っているのだ。
(全国でも85万人を超える反対署名が集まっている)

原発ができると、大量の温排水(毎秒190トン)が絶えず流されるので、海の生態系が変わることが懸念されている。放射能による影響もまたしかりだ。

僕は去年の9月、埋立て準備工事が始まる頃から、深く関わるようになった。
島のお母さんたちの「海を売ってはおりません!」の言葉に心を打たれた。

祝島は美しい島だ。海や山の恵みで暮らしている。
普段の生活から来る自然への感謝が原発に反対する根っこの部分にあるのだと思う。

「海」という字を見てみると、「人」の「母」なる「水」と書く。
人間を含む生物はみな海から生まれてきた。

生物は数億年に渡る進化の歴史の大半を海で過ごしてきた。
だから、生物の体の組成は海の成分からできている。
生物が海から初めて陸に上がる時、体内に疑似的な海を作りだすことで、可能になったようだ。

母親の胎内にある羊水は特に海と成分が近いらしい。
ヒトが生まれてくる時、母の「海」の中で、生物が数億年かけた進化の歴史をわずか数カ月で辿るようだ。

母なる海を傷つけてまで、生きられる生物はいるだろうか。
今、未来のための選択の時だと感じる。

「人間」というのは「間」を扱うヒトという意味もあるのではないかと思った。

「間」には「時間」や「空間」という意味があり、ヒトはそれらを読んできた。
その「間」をハズすことで「間違い」になったり、「間抜け」となったりするのだろう。

この原発計画はいろいろな「間」をハズしてはいないだろうか。
しばらく海を見ながら、ゆっくり「間」をかけて考えてみようと思う。

 

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この記事は、山口県宇部市の黒五郎というところで炭焼きをしているひろしさんたちが出している『ゆるゆる新聞』に載せてもらったものです。

「海は人の母なる水」という大切なことは、山口県長門市油谷島で塩づくり&農家民宿をしている「百姓庵」でウーフ(居候)をしている時に学ばせてもらいました。修行&旅行におススメの場所です。

祝島のお母さん

祝島の中の祝島(ハート)発見!(田ノ浦から正面)

 

 

 

祝福(いのり)の海」

 

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